彼の、潤いを帯びた緑の瞳を、思い出す―――。 しっとりと汗ばんだ細い体を抱き締める。さほど広くはない室内で、いつの間にか始まっていた行為。 激しさを増す一方の戦闘の中で得られた、束の間の休息。 僕たちはモビルスーツの調整を行い、それが終わってからここへ来たのだ。これからの戦況を話し合っていた。 地球とザフトと自分たちと。 未来が見えない、と。 ぽつりと漏らした彼を、僕はとっさに抱き締めていた。 彼と僕―――。 月で別れてからの三年間の空白。 再会は、偶然の中の必然だったのかもしれない。 お互い殺したいほど憎しみあった時もある。あれほどの激情は、経験したことはなくて、これからもしたくはないモノだ。 彼が僕の隣にいる。 三年前と変わらずに、僕に微笑んでくれる。 僕に話しかけてくれる。 それだけで、充分だった。充分だと思っていた。 けれど。 お互いが求めていた想いが同じだったと気付いてしまえば、あとはもう我慢など出来るはずもなくて。 よくこの状況下で、こういうことが出来るなぁ、なんて他人事のように思ってしまうこともあるのだけれど。 それでも、抱き締める温もりを、一度体に染み込ませてしまったら、簡単に離せるものではなくて。 自分たちは、戦争の中心にいるのだ。万が一、という考えたくない現実だって、あるかもしれない。 彼が傷つくのは、嫌だ。 彼の涙も、嫌だ。 だからといって、僕は自分が最悪の結果などというものには、絶対にならないと思っている。 自信があるわけじゃない。確信があるわけじゃない。 でも、僕は。 腕に抱く彼のところへ還るために、戦っているのだ。 これから先の未来を、共に歩むために。 彼と一緒に歩みたいと思っているから、絶対に死んだりしない。 僕は彼の腰を、軽く抱えた。 「アスラン・・・いい?」 問い掛けると、彼が小さく頷く。どこか不安そうに、けれどしっかりと僕を見つめてくる彼の額に、唇を寄せる。 「怖がらなくても大丈夫だよ。アスランてば、いつも不安そうな顔をするよね。そんなに僕と一つになるのがイヤ?」 「・・・違う!そうじゃなくて・・・」 「そうじゃなくて・・・何?」 眼を逸らしてしまった彼に、僕は小さく笑う。少し意地悪をしてしまっただろうか。 「ごめん。アスランを困らせたいわけじゃないんだ」 「キラ・・・」 彼の、アスランの綺麗な瞳が揺れた。 「キラ・・・俺・・・」 「アスラン?」 「俺・・・お前を求めてしまったけど、本当にお前は俺でいいのか?後悔しない?」 震えた声で告げられる。アスランは涙を流すのを、必死に堪えているようだった。 「アスラン・・・どうかした?何で急にそんなこと・・・」 「そんなことじゃない!俺はお前に求めるばかりで、お前に何もしてやれなくて・・・」 叫んだせいなのかもしれない。涙がアスランの白い頬を濡らした。 きつく結ばれてしまった唇に、僕は自分のそれを重ねる。掠めるほどの口付けのあと、僕は彼の頬を両手で包んだ。 「それは違うよ。アスランが僕を求めてくれたのって、つい最近のことだよ。アスランはもっと誰かに頼っていいんだ。でもその誰かは、やっぱり僕であって欲しい」 「キラ・・・」 「それにね、僕の方こそアスランを求めっぱなしだ。僕は欲張りだから・・・」 もう離さないし離せないよ、と。そう囁けば、彼はようやく僕に笑みをくれた。それを合図に、僕は己を彼の中へと深く突き入れる。 苦しげに眉根を寄せ、浅く息を吐く幼なじみを、僕は至福の喜びで見つめた。 下に組み敷く少年の、心も体も僕のものだ。 我ながら、欲望の塊だなぁと思う。 それでも、この想いは止まらない。 大切で大切で、とても愛しい人。大好きな人。 愛してる、なんて気恥ずかしくて言えないのだけれど。 何かに縋るように、僕の背中に彼の腕が伸びる。きつくしがみ付いて来る腕と手の感触が心地良い。 君の手は、銃の重さを知っている。 僕の手は、その重さを知ってしまった。 だけどね。 黒くて冷たいソレは、いつか持たなくてもよくなる時が来る。 君の手が掴むものは、そういうモノじゃないよ。 でも、この戦いが終わるまで、僕たちの手は、温かみのない武器を持ち続ける。それは僕たちが選んだこと。 だからこそ。 戦いの終わりを迎えた時、君の手を掴むのは、この僕だ。 そして君の手で、僕を抱き締めて欲しい。 今のように、きつく僕を求めて欲しい。 「アスラン・・・好きだよ。今までも、これからもずっと好きだ」 「俺だって・・・同じだよ、キラ・・・」 愛を語れるほど、僕たちは大人ではく、多くの言葉も持たない。それでも、体を繋げる行為は、とても自然な流れで。 いつも無理をさせているという後ろめたさがある。こういう経験自体が初めての彼にとって、快楽の波はまだ遠い。 それを分かっていても、僕は止めない。 彼も僕を受け入れてくれる。必死にしがみ付いてきてくれる。 そんな君が、とても愛しい。 激しく強く、己の欲を君に刻み込む。 「・・・んぁ・・・キラぁ・・・!」 僕の下で喘ぐ君。切なげに首を横に振る姿は、僕の独占欲に火をつける。 あぁ、僕はこんなにも君に。 ー――溺れてる。 とろんとした瞳。ぼんやりとした意識で、ベットに横たわっているアスランは今にも眠りの淵へ落ちて行きそうだ。 「ごめんね、アスラン・・・。辛かったでしょう」 「・・・そんなことないよ。キラを感じられて良かった」 はんなりと笑うアスランに、僕の方が照れてしまう。 「どうしよう・・・シャワー使う?でも眠いよね」 「ん・・・後でいい」 言いながらアスランのほっそりとした白い手が、僕の頬に触れた。とても温かな手だ。 「ずっと・・・一緒にいられるよな。一緒がいいよな」 「うん、一緒だよ。ねぇ。この戦いが終わったら、どこへ行こうか?もちろん二人で一緒に暮らすっていうのが、当然のように前提だけど」 「ふふ・・・当然のようにっていうのがお前らしいな。俺は・・・お前と一緒ならどこでもいいよ」 「そう?じゃあ、二人で決めよう。ゆっくり探せばいいよね」 「そうだな・・・」 碧の瞳を細めるアスランは、とても綺麗で。僕は彼の手に、自分のそれを重ねた。 もう二度と、離したくはない大切な人。 抱き寄せるように、腕を肩へ回す。想いが伝わるように、しっかりと強く僕の中へ閉じ込める。 甘い余韻をもっと感じていたいけれど、疲れきっているアスランを休ませるのが先だ。 「何かあったら起こすから、眠っていいよ」 「・・・うん・・・」 小さな欠伸を一つして、アスランがゆっくりと意識を手放して行く。 「おやすみ・・・アスラン」 月で過ごした時のように、こうやって同じベットで同じ布団にくるまって眠れるなんて、思ってもみなかったことだ。 穏やかな寝顔が、とても幼い。 僕はね、とても大きなことを言うようだけど、君もこの世界も護るよ。 奪い奪われた沢山の命。もうこれ以上、世界を赤く染めたくはないんだ。 どこまで出来るか、分からない。でも、僕たちにはそれを可能に出来る力を持っている。 戦いを終わらせるための力が、未来への希望となった時。 僕たちじゃない誰かが、戦いの幕を下ろすんだ。 きっとそれは。 そんなに遠い日のことじゃない。 アスラン。 世界がもうすぐ。 ―――変わるよ。 波の音が、耳に響く。 時に優しく、時に哀しく、僕の心に響いてくる。 停戦。 あの日から、二年が過ぎた。 僕の隣に、君はいない。 離れたくなかった。手放したくなかった。 でも僕は、君から逃げてしまった。 君の脆さが、怖かった。あんなに激しく泣く君が、本当に壊れてしまいそうで、怖かった。 ごめん、ごめん、ごめんね。 君と一緒にいるって約束したのに、僕はそれを破ってしまった。 だけど今も、君を求めてる。 心の渇きが、苦しいよ。 僕は僕の気持ちを、封印したんだ。正直言って、あの時の君を見ていられなくて、見ているのが辛くて、僕は―――。 支えになりたかったのに、一番肝心な時に、僕は何の役にも立てなかったね。 もう一度チャンスを下さい、なんて言わない。 ただ、今度こそ僕は自分に素直になる。君をちゃんと受けとめる。 この二年間の封印を、解くよ。 ユニウスセブンが、地球へ落ちて来るという衝撃のニュースが、世界を飛び回っている。 僕は、空を見上げる。 遠くに、赤くて巨大な塊が、微かに見えた。 あぁ・・・そこに。 君は、いるんだね。 「行くのですか?」 柔らかな声に、僕は振り向く。 「ああ・・・行くよ。彼が、待っているから」 僕の応えに、彼女は微笑んだ。 「そうですわね。あなたを待っていますわ。何をやっているんだと、きっと怒っていますよ」 「そうだね。ちょっと待たせちゃったから・・・」 「もう、大丈夫ですか?」 彼女の問いに、僕は大きく頷く。 「大丈夫だよ。今まで、ありがとう」 「いいえ・・・。わたくしは、あなたが彼をちゃんと選んで下さるのを、待っていた。それだけです。でも、この二年間は、どう足掻いても戻れない時間ですよ」 「分かってる。だからこそ、彼を掴まえる。もう逃げないよ」 「・・・強くなってくださいね。強い想いを持って下さいね。彼のために」 「彼のために、約束するよ」 「では、行きましょうか」 「そうだね。アスランが・・・待ってる」 僕たちの軌道が、再び交わろうとしている。 待っていて、アスラン。 僕は、もう逃げない。 二年前の約束という欠片を―――もう一度。 |